宮城県にいる親戚を探す

うちの母の悪い癖、というか、余計なお世話的な気の使い方のおかげで。
大事な大事なことを今まで知らなかった。
「海外にいるあなたに心配かけたくなかったから・・・・」ということで、今日まで私は知らされてなかった。

宮城県に住んでいる、母の姉一家と、連絡が取れてないそうです。
つまり私の叔母・叔母の旦那さん・娘(私の従妹)・従妹の娘(小学生)の4人。

しかも、いつも「仙台にいる姉がね・・」と母が話していたので、てっきり仙台市内の都会に住んでいると思っていたのだけど。
実は、「本吉郡本吉町」という、かなり海岸沿いの町で。
家はかなり海に近いところにあるらしい。
しかも、本吉郡は、数年前に気仙沼に合併されていた・・・。

そう、毎日のように津波に襲われているところをテレビで見ていた、あの気仙沼市です。


地震の数時間後に、母とようやく電話がつながった時、母は私に「こちらでは皆無事だから。大丈夫。」と言ってくれたので、私は「仙台に住んでいる叔母さんたちも大丈夫なんだな」と思い込んでしまい、しっかりと聞かなかった。

叔母一家とは、私はもう20年以上会ってません。
最後にあったのは、多分私が小学生ぐらいの時。電話では節目ごとに話してたけど。
従妹の結婚式にももちろん行ってないし、子供が生まれたのは母から聞いたけど、年齢も全然わからない。
特に仲が悪かったのではなく。なにしろお盆やゴールデンウィーク、お正月などはいつも父の実家に行くことになってたし、母方の祖父母はもう亡くなってからかなり経っているし、嫁いだ母と母の姉は、やはり旦那の家族の一員になっていたし。
だから、私も親戚と言うといつも父方の親戚を思い出してしまいます。
母の年代にありがちな典型的な家族の形、だと思います。

だから私も、叔母一家の住所なんて詳しく知らなかった・・本当に仙台市だと思い込んでたし。


実は。
母は、地震直後にすぐ姉の携帯に連絡したそうです。
そして、お互いの無事を確認し、少しの間話ができたそうです。
叔母は出先で地震に遭い、母に、「今から家に一度帰って、孫を迎えに行くから」と言ったそうです。
そして、その20分後ぐらいに、津波がきた・・と考えられます。
その後、携帯に一切繋がらないそうです。

「あの時、電話で、津波が来るかもしれないから早く逃げて、と言えたらよかったのに・・・まさかこんなに津波が来るなんて思ってなかったから・・・・」という母の後悔の気持ち。
でも、あんなに何もかもを飲み込んでしまう津波がやってくるなんて、わからなかったんだから。
自分を責めないで欲しい。


小学校には、津波より先に着いたのだろうか・・少しでも高台に小学校はあるのだろうか・・
ひょっとして、もし高台にあるのなら、そこが避難所になってないだろうか・・・
それとも、津波が激しいので、皆でまたいっせいに高いところへと逃げたりしてないだろうか・・・
希望は、ある。

悲観していても、仕方ないですから。
「うつになりかけてて・・」という母にはっぱをかけて、住所から推測できる避難所や、土地の高低さによる津波の影響の調査、Googleの人探し専門のサイトを見てもらったりして、とりあえずなんでもいいから情報を集めるように、と励ましました。


そして、この Picasaのウェブアルバム には、膨大な数の避難所の、膨大な名前が並ぶ名簿が、次々と写真でアップされてます。
こんな風に、ネットである程度調べることができるのは、本当にありがたいです。


母も、先ほどメールが来て、少し元気が出た、と言ってくれました。
私も、宮城県のすべての避難所を網羅する勢いで、がんばりたいと思います。
イギリスからでも母の手助けになれることはある・・とわかって、ほっとしました。


そうこうしているうちに、なんとか母に連絡が来ればいいのだけれど・・・・。
無事を強く強く祈ってます。
おばさん、おじさん、くみちゃん、そしてくみちゃんの娘ちゃん・・どうか生きていて。


もし、宮城県関連の被災者情報がわかるサイトなどあったら、ぜひ教えてください。
よろしくお願いします。



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by amelie_uk | 2011-03-16 06:44 | つぶやき